いわき市の歴史ー芸者ー

昔、弊店界隈でございますいわきの花柳界にも芸妓(芸者)がおりました。

弊店でも初代〜3代目にかけての間(4代目現大女将幼少の頃まで)、

店舗向かい(現在の弊店駐車場)に

置屋をもち、内芸者が居りました。唄・たいこ・鼓・三味線・踊りなど必ず芸を持っている者だけを置いていたそうです。

その頃は、宴席が始まってから30分ぐらい経つと必ず”お座敷を付ける”という習慣があり、

どのお座敷でも芸妓が三味線・唄・踊り等を披露しておりました。

「観光のいわき」という芸妓紹介冊子を弊店大女将が所有しております。

こちらはいわきの小唄をはじめ、有名な唄の紹介と共に、置屋の電話番号(4桁)や名簿、写真付きでいわき市内の芸妓が地区毎に紹介されております。

いつ頃の冊子か、発行日付が無いのでわかりませんが、「昭和38年に〜」とあるので

昭和40年頃かと思われます。

弊店の様な飲食店やタクシー会社、着物屋や旅館などの広告や、お酒の広告なども掲載されており、なかなかに趣がありました。


広告によると、いわき市にも沢山の種類の地酒があったようで、とても興味深い冊子です。

最近稀にお客様から「芸者をあげる事が出来るか」とお尋ね頂く事がございますが、

H27年現在、三味線などが出来る現役の芸妓は、寂しい限りですがいわき市におりませんので

遠方からお呼びしなければなりません。

 

いわき市の芸妓がお座敷に上がっていた頃を知らない私ですが、

その頃の華やかな話を聞く度、見てみたかったな・・・と羨ましく思います。


※花柳界とは

昔は芸妓屋と遊女屋をはじめ、広い意味で使われておりましたが

段々芸妓と、芸妓を呼べるお店等その周辺だけを指す様になりました。

 

※置屋

芸者を抱えておく家

 

※内芸者とは

料理屋が抱える芸者衆の事