創業明治10年・東北に冠たる三階層の偉観

明治24年頃の弊店
明治24年頃の弊店
  •  明治10年

初代谷口元治が資本金200円で『天ぷら・うなぎの谷口』を創業

 

※明治10年 都会では 白米10kg=51銭の頃

 

初代〜三代目頃までは向かい(現在の弊店駐車場)に谷口内芸者の置屋がございました

芸者のお話はこちら・・・

鶴揚楼の看板を掲げた
鶴揚楼の看板を掲げた
  • 明治24年

料亭となり、この地方はじめての三階層の『谷口』の誕生

店名も新しく『鶴揚楼』と名付けました

 

谷口三階から釣り竿さげて、通るお客を釣り上げる

 

と、当時は物珍し気に俗謡にまで歌いもてはやされ、近郊近在からドッと見物客が押しかけてにぎわったと伝えられております

 

 

明治24年から昭和63年まで皆様にご贔屓頂いた木造3階建の楼閣
明治24年から昭和63年まで皆様にご贔屓頂いた木造3階建の楼閣

建築にあたった明治の大工棟梁 大谷丑五郎は、「金は残せねえが、仕事を残す」と言う豪気な人物でございました

 

その大谷氏による神がかりの大仕事により、当初設計が二階だったものを当主に無断で一階から三階まで、赤井岳から切り出した枝葉を付けたままの檜材を丸通しの大黒柱にし貫いて立てられました

 

亀甲の間(八角の間)というハイカラな天井、ステンドグラスをはめ込んだ窓等、職人の情熱と技術の粋を集めたものでございました

 

 

 

 

 

 

こちらは、大正5年頃の弊店チラシ広告

平町は346戸・19,707人の戸口で

米一升14銭8厘、もりかけ4銭の頃...

 

電話番号も一桁で末広がりが良いと8番でございました

 

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明治、大正、昭和を経て、平成の新生谷口楼

現在の谷口楼
現在の谷口楼
  • 平成元年

都市開発計画の道路拡張に伴い、百余年の姿を変え、明治の匠の技と新数奇屋の粋をあつめた新しい『割烹谷口楼』の誕生となりました

また、併設してお食事処「味匠やぐち」を開店いたしました

  • 平成5年

福島県建築文化賞特別部門賞を受賞した。 現在、四代、五代目女将の老舗割烹でございます

そして、六代目若女将ただいま修行中でございます・・・

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これからも皆様からの変わらぬ御贔屓をお願い申し上げます

 

御座敷各部屋のお写真はこちらをご覧下さいませ


南レンガ通り(谷口通り)の歴史

いわき市「平」の地名の由来は弊店小話ページののこちらをご覧下さいませ

 

 

弊店前の通り『南レンガ通り』を

いわき市のwebサイトで紹介しております

 

近辺の歴史を垣間みる事が出来ますので

是非ご覧くださいませ

 

いわき市『南レンガ通り』

 

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